[編集] スペインの異端審問
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スペインの異端審問詳細はスペイン異端審問を参照
異端審問の歴史の中で特筆されるスペイン異端審問は中世の異端審問とはまた異なる性格を持つものである。15世紀の終わりになって、アラゴンのフェルナンド2世とカスティーリャのイサベル1世の結婚に伴ってスペインに連合王国が成立した。当時のスペインにはキリスト教に改宗したイスラム教徒(モリスコ)やユダヤ教徒(マラノ)たちが多くいたため、国内の統一と安定において、このような人々が不安材料になると考えた王は、教皇に対してスペイン国内での独自の異端審問機関の設置の許可を願った。これは教皇のコントロールを離れた独自の異端審問であり、異端審問が政治的に利用されることの危険性を察知した教皇は許可をためらったが、フェルナンド王は政治的恫喝によってこの許可をとりつけることに成功した。結果としてスペイン異端審問は多くの処刑者を生んだことで、異端審問の負のイメージを決定付け、キリスト教の歴史に暗い影を落とすことになった。
[編集] ローマの異端審問
1542年、時の教皇パウルス3世によってローマに設けられた異端審問所は、従来のような教皇によって少数の異端審問官が任命されるシステムを廃し、神学者や学識の誉れ高い枢機卿たちからなる委員会が、特定の教説や著作に対して異端性がないかどうかを審議すると同時に、各国で行われる異端審問に問題がないよう監督することを目的としてつくられた。ローマの異端審問所は後に「検邪聖省」と改称され、教皇庁の一機関として機能した。検邪聖省は各国のよりすぐりの神学者、哲学者、教会法の専門家たちをアドバイザーとして抱え、彼らの意見に基づいて審議を行っていた。当初はジョルダーノ・ブルーノの断罪といったケースも扱っていた検邪聖省だったが、やがて個人の断罪よりも著作物を中心とした思想の審議が任務となっていき、それに伴って禁書目録の作成を行うようになった。発足以来、ローマの異端審問所である検邪聖省の決定のおよぶ範囲はイタリア国内に限られており、国外に対しては禁書目録の送付や決定事項の連絡以上の影響力を及ぼさなかった。検邪聖省の扱った事案でもっとも有名なものはなんといっても17世紀のガリレオ・ガリレイの著作に関する事案(いわゆるガリレオ裁判)であった。禁書目録は廃止されて久しいが、検邪聖省自体は教理省に改称して現在でも存続している。
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[編集] その他
スペインにおける異端審問の廃止は1834年であったが、「異端審問」という言葉は現代においてネガティブなイメージをもった言葉としていき続けている。上にあげた以外のその他の異端審問において補足しておくと、16世紀、インドのゴアにはポルトガル政府によって設置された異端審問所があった。インドの伝統とキリスト教を融合させようとしたイエズス会員ノビリらの運動はこの異端審問所によって糾弾された。キリスト教原理主義の立場に立つアルベルト・リベラはナチス・ドイツによるホロコーストを異端審問の一形態として位置づけているが、このような独自のホロコースト観は当然、大方の歴史学者たちには受け入れられていない。また、裁判記録の調査では異端審問で死刑判決が下されたのは全体の2% - 12%である。
[編集] 関連項目
魔女狩り
歴史修正主義
トマス・デ・トルケマダ
薔薇の名前
盟神探湯
インクィジター
薔薇の名前 (ばらのなまえ, イタリア語原題:Il Nome della Rosa) はウンベルト・エーコが1980年に発表した小説。1327年、教皇ヨハネス22世時代の北イタリアのカトリック修道院を舞台に起きる怪事件の謎をフランシスコ会修道士バスカヴィルのウィリアムと若きベネディクト会修練士メルクのアドソが解き明かしていく。
映画化作品については薔薇の名前 (映画)を参照。
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目次 [非表示]
1 概要
1.1 構成とあらすじ
1.2 物語の背景
2 登場人物
3 「薔薇の名前」とは何か
3.1 「薔薇の名前」と普遍論争
4 参考書籍
[編集] 概要
[編集] 構成とあらすじ
物語は、もともとラテン語で書かれ、フランス語に訳されたメルクのアドソの手記を「私」が手にし、その真偽を疑いながらも内容を明らかにし、イタリア語で出版したという形式をとっている。
舞台はアヴィニョン教皇庁の時代、フリードリヒ美王の特使としてバスカヴィルのウィリアム修道士が北イタリアの某所にあるベネディクト会修道院を訪れる。ウィリアムはかつて異端審問官としてそのバランスのとれた判断が高く評価されていた。物語の語り手である修練士メルクのアドソは、見聞を広めてほしいという父親メルク男爵の意向によってこのウィリアムと共に旅をしている。
ウィリアムの本来の目的は、当時「清貧論争」と呼ばれた、フランシスコ会とアヴィニョン教皇庁のあいだの論争に決着を付ける会談を調停し、手配することにあった。ところがその修道院において、両者の代表の到着を待たずに奇怪な事件が次々と起こる。二人は文書館に秘密が隠されていることを察知し、これを探ろうとするがさまざまな妨害が行われる。修道院内で死者が相次ぎ、老修道士がこれは黙示録の成就であると指摘すると、修道士たちは終末の予感におののく。
やがてフランシスコ会の代表と教皇側使節一行が到着するが、論争の決着は付かず決裂する。教皇使節と共に会談に訪れていた苛烈な異端審問官ベルナール・ギーが、修道院で起こっている殺人事件は、異端者の仕業であるとして、異端審問を要求した為、事態は、まったく異なる方向へと進行して行く。ウィリアムはそれでも、事件の秘密解明に全力を注ぐことを決意する……。
[編集] 物語の背景
物語は7日間にわたって進行し、章として聖務日課(教会の祈り)の時課が用いられている。主人公アドソとその師ウィリアムの関係は、あくまで探偵小説にあらわれる探偵とその助手(シャーロック・ホームズとワトソン博士など)という定式のフォーマットを踏んでいる。また、ウィリアムの出身地がバスカヴィルであることから『バスカヴィル家の犬』が連想されるが、この例にあるように作品は無数の書物の記述への言及と参照を行っている。ボルヘス的な書物と知の迷宮世界への参照と云えるが、そのボルヘス自体に対し、「迷宮図書館」とか、その図書館に大きな影響力を持つ修道士たちの長老、盲目の師ブルゴスのホルヘなどの登場人物設定を通じて参照が行われている(ホルヘ・ルイス・ボルヘスはアルゼンチンの国立図書館の館長で、盲目となった人物で、更に「迷宮図書館」を主題とした作品がある)。
日経225
物語自体は殺人事件の真相を解明するというシンプルなものだが、その背景に、喜劇について論じた詩論とされるが伝来しておらず、本当に存在したのか論争があるアリストテレスの『詩学』の第二部や、当時の神学論争(普遍論争等)や、フランシスコ会における清貧論争とそこから発生した異端論議、神聖ローマ皇帝とアヴィニョンに移った教皇の争い、当時のヨーロッパを覆っていた終末意識などが複雑にからみあっている。また、実在した有名な異端審問官ベルナール・ギー(ドミニコ会士)や同じく実在したフランシスコ会士カサーレのウベルティーノの登場などによって、複雑な知と言説の模様を造っている。聖書やキリスト教神学からのさまざまな形での引用が多いことも本書の理解を難しくしているが、逆にいえばそれらについての知識が増えれば増えるほどさらに面白く読むことができるということもある。
また本書はキリスト教の歴史と笑いの関係について問題提起した書でもあり、この本を受けてキリスト教と笑いに関する多くの書籍が出版された。
[編集] 登場人物
枠物語
わたし (ウンベルト・エーコらしい。偶々、中世の写本を不思議な巡り合わせで入手する)
主人公 (師と弟子)
バスカヴィルのウィリアム (フランシスコ会修道士、元異端審問官、アドソの師)
メルクのアドソ (ベネディクト会修練士、ウィリアムの弟子、記録本文の筆者)
ベネディクト会修道院の修道士たち
フォッサノーヴァのアッボーネ (修道院長)
レミージョ・ダ・ヴァラージネ (修道士、厨房係)
サルヴァトーレ (助修士、厨房係の助手)
マラキーア・ダ・ヒルデスハイム (修道士、修道院の文書館長)
ベレンガーリオ・ダ・アルンデル(修道士、文書館長補佐)
ザンクト・エンメラムのセヴェリーノ (修道士、薬草係)
ニコーラ・ダ・モリモンド (修道士、ガラス細工師)
アデルモ・ダ・オートラント (修道士、細密画家)
ヴェナンツィオ・ダ・サルヴェメック (修道士、古典翻訳が専門)
ベンチョ・ダ・ウプサラ (修道士、修辞学が専門)
アリナルド・ダ・グロッタフェッラータ (最長老の修道士)
ホルヘ・ダ・ブルゴス (盲目の老修道士)
アイマーロ・ダ・アレッサンドリア (修道士)
ピエートロ・ダ・サンタルバーノ (修道士)
パチーフィコ・ダ・ティーヴォリ (修道士)
フランシスコ会士と教皇庁代表
ミケーレ・ダ・チェゼーナ (フランシスコ会総長)
ウベルティーノ・ダ・カサーレ (フランシスコ会修道士、聖霊派の指導者)
ニューカッスルのヒュー (フランシスコ会修道士)
ベルトランド・デル・ポッジェット (枢機卿)
ベルナール・ギー (ドミニコ会修道士、異端審問官)
外為
その他
娘 (谷間の村の娘)