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組合のある企業では話し合いがおこなわれているものとみられる。
アウトソーシングとは企業本体の業務を外部の企業に委託することである。
この業務に携わっていた従業員は何をするのであろうか。
ふつうは配置転換されるだろう。
もし配置転換先の業務が一定の連炭性をもち、高度化した仕事であれば、何の問題もない。
しかし、都合の良い仕事があるとは限らない。
以前とまったく異なった仕事をする人も多く出るだろう。
こうした人のモラールをどう維持するかが問題となろう。
企業にとって不要な人材だとして扱うことは許されない。
もちろん出向もある。
分社化や協力会社などで以前と同じ仕事をするという、大企業ではよくあるパターンである。
転籍するケースも出る。
先に引用した労働省調査によれば、一九九一年以降に業務委託にともない、従業員を配転した企業のうち、「自社内で同種業務への配転」が三八・八%、「自社内で異なった業務への配転」二五・九%、「委託先への在籍出向」八・三%、「委託先への転籍」一五・四%となっており、とくに一〇〇〇人以上の大企業では出向・転籍の割合が自社内の配転の割合を上回り、「委託先への在籍出向」が実に五九・九%に達している。
いうまでもなく、製造分野ではわが国はアウトソーシングの母国である。
日本の製造業における外注・社外工制度などが逆輸入されたわけである。
アウトソーシソグで問題となるのは、自社と委託先との情報共有問題であろう。
わが国の経営者は、すでに多くの経験をもっており、あまり大きな困難は存在しないように思える。
ただ、人材育成上の問題に十分に配慮する必要があるだろう。
専門的な業務請負は一応、配慮の外におこう。
あまり専門的ではない業務請負とは、アウトソーシング化する際に「労務コストの削減」効果が主たる根拠となるような業務請負のことである。
ここでは、正社員は不要なのであろうか。
企業間関係において、納期・晶質などを保証しなければ、業務請負業は成り立たない。
アウトソーシソグを請け負う企業は、そのための正社員が必要である。
もちろん、小規模なところでは経営者が一人でそれを兼ねることも不可能ではない。
しかし、一定レベル以上となれば、信頼できる正社員が必要となる。
つまり、アウトソーシングそのものは正社員という働き方が減少することを意味するものではない。
正社員はやはり必要なのである。
そもそもアウトソーシングが問題視されるのは、業務請負の場合、労働時間や危険作業における安全衛生義務違反などがときどきみられるからである。
その会社の正社員であれ、業務請負企業の社員であれ、はたまた派遣労働者であれ、処遇差は仕事内容と責任に即した正当なものでなければならない。
そのためには、業務請負企業においても、仕事や労働条件において、法律違反が起こらないようにするしくみをつくる必要がある。
現実には、労働市場ルールに対する違反や違反すれすれの行為による格差が温存されつづける危険性がある。
こうした不公正なことをなくすことは、労働市場の透明化が求められる現在、従来以上に重要となるであろう。
そのためには、労働基準監督行政の充実ならびに、企業内労働者と経営者との意思疎通の場が必要であろう。
経済的に合理的なアウトソーシソグであれば、問題はないが、労働条件が悪いことだけを理由とする請負はなくさなければならない。
さて、非正社員という労働力に期待されている質ほどのようなものであろうか。
正社員は立派なキャリア形成ができ、非正社員はそうではないと、一概にいうことはできない。
非正社員として働きながら、プロフェッショナルとしてキャリアを積んでいる人はいるし、正社員といっても名ばかりで、アルバイトと大差ない仕事をしている人もいる。
しかし、個人が職業生活のなかで自分の職業能力を高めていくためには、学習しつづけなければならない。
その場合、OJT(業務を通じて能力を身につけること)とOff-JT(業務を離れて教育訓練を受けること)の組み合わせが必要である。
この点については、第6章で改めて検討する。
それにしても、正社員は企業のなかでコストばかりが高いお荷物だとでもいわんばかりの議論が巷にあふれている。
企業経営者は、賃金に見合った仕事をせよという。
まさしく成果主義の主張である。
しかし、本当に企業が正社員を必要としないならば、なぜかくも多くの高コストの正社員を雇用しつづけているのであろうか。
先に述べたように、企業の本音としては正社員がいなければ企業は存続できない、とわかっているのである。
多くの企業は、中長期的展望としての少子高齢化社会で若年者が少なくなると考え、若年者採用だけは維持してきた。
しかし、今や多くの企業はその余裕すら失い、人材育成の短期化を志向せざるをえなくなっている。
能力主義から成果主義への流れである。
能力主義が中長期的な社員の能力開発に力点をおくのに対して、成果主義は能力発揮の結果としての業績に力点をおく(8)。
また、大多数の従業員の保持を目的とした「終身雇用策」を不要と考え、企業が必要性を感じる一部の従業員のみの確保策に転換しっつある企業もある。
これは自分の将来を考える従業員のモラールに負の影響を与えている。
こうした企業はモラールの一定の低下を覚悟しつつ行動しているようにみえる。
とはいえ、「人を大切にする」経営理念を日本の大企業経営者は完全に捨て去ったわけではない。
たとえば、日経連・労使関係特別委員会報告では、経営の責任において株主重視と従業員重視を図るとしている。
ただし、従業員の企業からの自立が求められている。
エソプロイヤビリティ(雇用されるために必要な能力)の議論である(第6章参照)。
たしかに、正社員のいない企業がないわけではない。
しかし、家族経営を別とすれば、正社員は企業活動にとって不可欠である。
そして企業の力は、経営者の個人的能力を別とすれば、多くの社員の能力・意欲に依存していることはいうまでもないことである。
成果主義は正社員にしか意味はない。
たとえば、非正社員のパートタイマーの戦力化などはよくいわれるが、限界がある。
企業が非正社員の処遇と正社員の働きを「期待する」のはわかるし、非正社員なのに高い労働モラールをもつ女性パートタイマーがいることも事実である。
処遇にかかわりなく、仕事そのもののおもしろさが彼女たちを動かしているというケースも少なくないだろう。
低処遇でも、高水準の質の仕事をおこなう女性が少なくなく、さらに不況期には人材は過剰気味ということもあいまって、企業がパートタイマーをもっと活用しょうと考えるのは、ある意味当然かもしれない。
しかし、それが限界に達することもまたみえている。
パートタイマーは、昇給するといっても時間あたり賃金その他の処遇が正社員と大幅に異なるし、成果主義といっても、単なる歩合給というにすぎないことが多いだろう。
こうした低い処遇で、人々ほどこまで自分たちの日常生活を犠牲にしようと思うだろうか。
余った時間を有効に活用したいという人々を、企業がより戦力化しょうとしても、彼ら(彼女ら)がそうやすやすと本気で従うとは思えない。
また、有期雇用の契約社員には成果主義はより強く働くという人もいるだろう。
一年契約の更新のために個人が一所懸命働くというわけである。
しかし、これは成果主義というよりも一種の売買交渉である。

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